juneberry’s blog

50代、公認心理師。毎日考えていることとKindleおすすめ本を毎日発信中。読書好き。アンティーク風なもの好き。

ふり返った時の幸せにむけて、日々の幸せを感じる

f:id:juneberry-miyatomo:20211010080155j:plain

今思えば、小さい頃からネガティブだった私は

「先生に当てられた時、上手く発言できなかったな…」とか
「友だちに、こう言えばよかった…」とか
他人がまったく何とも思っていないようなことを
勝手に1日引きずって、ドヨーンとしていました。

周りの出来事(かな?)に自分の評価を振り回されていました。

でも、そんな大したことない失敗をたくさん経験して
だんだんと「大したことない」と実感できるようになってきました。

学校に行っている間は、どこか正解があるような世界なので
自分のすることに自信がなくて、不安で
はみ出さないように、ソロソロと歩いていたように感じます。

大学は少し自由、社会に出たら、ある意味もっと自由だな
と頭では感じていました。
でも、なかなか枠から出るのは怖かったですね。

でも、人生成功ばっかりではないから
失敗ではないけれど、思い通りに行かないことがたくさんあって
それを、不幸せと思うこともありました。

第1子の長男は、8ヶ月の早産で1600gで産まれてしまいました。
私はとても責任を感じて、自己嫌悪になりました。
そんな世界、まったくイメージしていなかったので、とてもしんどかったです。

それを引きずって、全部ずっと心配で長男とは色々ありました。

当時は必死なので、そんなこと考えられませんが
どれがいいとか、幸せとかなくて、時間とともに
全部合わせて、私の人生、息子の人生、家族の一部だったんだな、と
長男が20歳を過ぎて、やっと感じられるようになりました。

そして、もっと小さな赤ちゃんもたくさん見て
今の時代、早産で1600なんてそれほど珍しいこともないですが
お母さんの、受け止め方も人それぞれで
私みたいに、しんどくなる人もいれば、産まれてきてくれて幸せと感じる人もいて
第1子、第2子でもまったく違うし…
本当に捉え方だな、と感じられることがたくさんありました。

幸せって、何かの基準があって
人が判断することではないということを
少しずつ実感して、理解できるようになりました。

でも、人の評価の中で
絵に描いたような幸せに憧れてしまう時も、まだまだあります。

昨年亡くなった父が、余命宣告を受けた頃に
「それでも、まあ、いい人生やったわ」と言いました。
こんなに私がずっと大人になって反抗していてもそう思うんだ…と感じました。

死を感じると、次元が違う、見えるものが違うな…とも思いました。

今、欲しいと思っている幸せが
人生を振り返ったときに、幸せと感じられるものに繋がっているといいな、と思います。

 

juneberry-miyatomo.hatenablog.com